自分の都合でしか合掌できない
ヘルニアになりました。
話せば長くなるのですが、昨年の秋から腰に違和感を覚え始めました。
鈍痛のような筋肉痛のような、でも軽い痛みです。
なんとか報恩講をお勤めして新年を迎えました。
「整体にでも行こうか!」と思い、腰から足の付け根までをグリグリしてもらいました。
その晩から痛みが増しても「世間で言う揉み返しかな?」くらいにしか思っていませんでした。
ところが、翌日にはベッドから起きられなくなり、歩くのも困難な状態になりました。
「自分はいつまでも若くて元気だ!」という思いを一瞬だけ諦めて市民病院に行き、「まさか自分が!」と思っていた車椅子に乗って入院させてもらいました。
入院中、看護師さんが元気に忙しくご自身の足で歩いてみえるのを見ると羨ましい気持ちと、「自分は歩けるようになれるのか?」という不安な気持ちでした。
ところが医学のおかげ様(これも実は仏様)で痛みも和らぎ歩けるようになりました。
退院して初めて本堂の阿弥陀様に手を合わせた時、「ナマンダブツ、ナマンダブツ、おかげ様でこうして元気にお参りする事ができるようになりました。ありがとうございます。ナマンダブツ、ナマンダブツ」と言ってハッと思いました。
『自分にとって都合の良い事には手を合わせられる。自分にとって都合の良い事には「ありがとうございます」のお念仏を唱えられる。
でも、ヘルニアになって痛みと共に過ごしている時には「ナマンダブツ」のお念仏も阿弥陀様の事も思えなかった。
ヘルニアも健康も仏様=ご先祖様からの賜りもの。
ところが、自分の都合が良ければ「ナマンダブツ」。
自分の都合が悪ければ「何で自分がこんな目に遭うのか」の愚痴。
どこまでも自分の都合なんだな。』と。
自分が一番、自分が可愛い、自分さえ良ければ。
これぞ煩悩!それでも今生きています。


