この世での良い事=現世利益
占い・迷信・お祓い・ご祈祷が国を挙げて盛んに信じられていた時代に、親鸞聖人は「そのようなことはアテにならない」と教えられました。
また、「自分の都合を叶えようと神仏に願ってもアテにならない。合掌してもお念仏しても良い事が起こるわけではないし、お参りしなくても悪い事が起こるわけではない」と言われました。
「物忌み知らず」というものです。
では、浄土真宗のお参りは何のためにするのか?
昨年父が浄土参りしました(亡くなりました)。
晩年父は介護でお世話になっていた方々に「もうすぐ良い処に逝ける」と言っていました。
意味を理解できない方が、「お孫さんとお出掛けするのですか?」と尋ねても父はニコニコ笑うばかり。
そして、「良い処に逝けるんです」と繰り返していました。
今まで出来たことが次第にできなくなる中で、「良い処に逝ける」という前向きな気持ち(悔しい思いや悲しい気持ちもあったでしょうが・・)を遺してくれた事は、寂しいけれど私を安心させてくれました。
これが、もし最後に「長寿のお守りを買ってきて、お祓いしてもらってくれ!」と言いながらの命終でしたら私は今頃地獄でした。
そんなことしても父は亡くなり、私に後悔の念が残るからです。
浄土真宗の教えを聞き続けた父は堂々と浄土へ逝き、私や子孫に後悔の念を抱かせませんでした。
加えて私は今、「父と母が参った浄土であれば逝くのも悪くない」と思えています。
これこそが浄土真宗の現世利益なのです。


